すべての始まりは挫折の経験からだった。
たくさんの方の注目を集めていらっしゃるひものさんの、現在の活動について教えてください。
Live2Dのつくりかたをわかりやすく解説した動画をYouTubeなどのサイトで発信したり、依頼があった方のLive2Dモデルの制作をしています。先日は地元、福井県の専門学校でLive2D制作に関する特別講義なども行なったり、現在は教える活動がメインですね。
そのLive2Dとは、どのようなものなのでしょうか?
2Dのイラストの魅力を活かしながら、立体的に動いているように見せる技術のことです。私は、よく「デジタル福笑い」と説明しているのですが、イラストの目・鼻・口などの部位をパーツごとに切り分けたものを少しずつ変形したり、ずらすことによってイラスト(静止画)を立体的に動かす表現をしています。
現在はLive2Dだけを制作していますが、もともとイラストレーターをしていたので、自分で描いたイラストを使用してLive2Dモデルを制作することもできます。
ひものさんは、ハンドトラッキング※など革新的な技術にもいち早く挑戦していることが話題になりましたね。
(注釈)
※カメラが手の動きを感知して、Live2Dモデルの手の動きと連動させる技術のこと
折角なので、ご覧になりますか?じゃ〜ん!
まさか直接拝見できるとは感激です!
「手」の制作期間はどれくらい時間がかかったのでしょうか?
「手」だけで3ヶ月くらいですね。
3ヶ月ですか!とてもこだわってつくられたのがわかります。
ひものさんは、イラストレーターをされているということですが、なりたいと思ったのはいつ頃のことでしたか?
幼い頃から、絵を描くことや図工の授業が好きだったので、小学生の頃にはイラストの仕事に就きたいと思っていました。でも、実は、もう一つの夢がありました。
どのような夢だったのですか?
音楽です。中高時代は吹奏楽部の活動にのめり込んでいて、将来は音楽関係の仕事に就くんだ!と意気込んでいました。ところが、高校の勉強についていけなかったり、部活の仲間との関係も上手くいかなくて…。部活を辞め、高校も不登校になってしまいました。その後、高校を中退してしまったので、音楽への夢は潰えてしまいました。
「どうしよう、私は何もできないかも」と思った時に、自分に残されたのは「イラスト」を描く道だけだと気づいたんです。それから、高等学校卒業程度認定試験を受けてイラストの専門学校に通いました。
なので、私の現在の仕事は実は「挫折」から始まっているんですね。どうしようもなくて、「私にはこれしかないんだ〜(涙)」という気持ちで目指したのがイラストレーターでした。
イラストレーターを目指すにあたり、不安はありましたか?
私は睡眠障害を抱えていたこともあり、朝起きて会社に行って働いて…という生活サイクルは自分には難しいということもわかっていたので、不安というよりは、この仕事で生きていけなければ自分にはもう後がない!という気持ちでしたね。そういった事情もあり、専門学校卒業後は時間にとらわれずにできるフリーランスで何とか頑張ろうと活動を始めました。
そんなつまずきから将来へ向け前向きになれたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?
学校で素の自分を出せずストレスを感じてしまって、学校以外で自分をさらけ出せる居場所をネットに求めた結果、好きだったゲームの実況配信をすることに思い至ったんです。
ゲーム実況配信を始めて、何か変化はありましたか?
とにかく楽しくて!しゃべることは好きだったのでゲーム実況は合っていたんだと思います。最初は全く反応がなかったのですが、1つコメントが付いただけで飛び上がるほど嬉しかったですね。現在はLive2D講座活動に専念するためゲーム実況はお休みしていますが、趣味で長年続けられたのは、心から楽しいと思える、本当に好きなことだからです。
そして、イラストレーターのお仕事と趣味のゲーム実況配信をしている時に、Live2Dと出会うのですね。
そうなんです。ちょうど2017年後半は、VTuberの方が増えてきた頃で、よく見ていた動画には3DのVTuberだけじゃなく、イラストを動かすVTuberもいたんです。これはどんな風に動いているんだろうと興味を持ったのがLive2Dという技術でした。私は声だけの配信だったので、「自分のイラストで自由に動けたら面白そうだな」と思ったのがきっかけでした。
Live2Dについて調べてみたら、どうやら私にもつくれそうだとわかった、その翌日にはソフトをダウンロードして見よう見まねでつくり始めていましたね。数か月後には自分のモデルが完成してデビュー!です。
すごいスピードですね!
初めてLive2Dモデルを使ってみた時の感想はどうでしたか?
もう、めちゃくちゃ嬉しかったです!私の描いたイラストが皆さんの前で動いていて。今見ると、当初のモデルは本当に拙いし、完成度も低いのですが。それでも、なりたい姿になって、なりたい自分になって、描いた「私」がそのまま笑って、しゃべって、動いてる〜って感じで、活動ができるようになったことは本当に感激でした。
Live2Dについては、どのように学ばれたのですか?
ほぼ独学です。当時はLive2Dに関する情報は本当に少なくて、教えている方もいなかったので、そうせざるを得なかったという感じですね。「Live2D つくりかた」と入力して、インターネット検索しても、1〜2個しか解説動画もありませんでした。その動画を食い入るように何度も繰り返し見ては、つくってみるんですが、なかなか上手くいかなくて。今度はLive2D社の公式動画を見て直してみて。試行錯誤して上手く動くようになったら、自分なりに少しずつ仕組みがわかってきたんです。
そこからはつくりかた動画だけでなく、すでに活動しているVTuberの動きをよく見て、「この動き可愛い、真似したい!」と思ったものを自分なりに考えてつくっていました。情報に限りがあるので基礎を学んだ先は、自分で考えてやるしかなかったんですね。
イラストを描くことと、Live2Dモデルの制作、似ている部分はありましたか?
全く違います!Live2Dはどちらかというと数学的なアプローチが必要になるので、それまでの自分の仕事とは全く勝手が違ったんです。
数学などは得意だったのですか?
数学が一番苦手な教科でした(笑)。私は文系だったので。でも、数学などの知識がなくても直感的につくれるのがLive2Dのすごいところだと思っています。あとは、こんなのつくってみたいという気持ちと楽しさが自分を後押ししてくれていました。
Live2Dを制作する上で、心が折れる経験はありましたか?
あります!やりたいことに技術が追いついていなくて…。それこそ「手」の制作には3年前からチャレンジしていて、一度挫折しているんです。どうしても上手くいかなくて、「自分はLive2D得意じゃないのかも」とメンタルをやられてしまって活動休止したこともありました。その時は3ヶ月間何もできなかったです。
そうだったのですね!
壁にぶつかった時、どのように乗り越えたのでしょうか。
しばらくは、イラストやLive2Dから一切離れて、自分の好きなゲームをしたり、アニメを見たりしていました。数ヶ月も経つとまたLive2D制作をやりたくなって、徐々に戻っていったという感じです。「追い詰められたら休む」。このことはとても大事なことだと思います。
発信することは、巡り巡って自分のためにもなる。
Live2Dがお仕事につながったのはどのようなきっかけでしたか?
自分のやりたい趣味のために始めたことだったので、仕事にするつもりはなかったんです。始めた当時はまだ使っている人も少なくて、仕事になることも想像していませんでした。
ただ楽しいから、自分のモデルをつくり続けて発信していたら、「自分専用のモデルをつくって欲しい」という依頼をいただくようになって。そこから仕事に発展しました。
まさかLive2Dでお仕事ができるなんて!本当に嬉しいです。
現在は、Live2Dの制作過程を詳しく動画にするなど、ご自身の技術を進んで発信していらっしゃいますね。技術についてオープンに発信する背景には、どういった想いがあるのでしょうか。
もともと新しいモノ好きなので、私も色々なアイデアを思いつくのですが、それはいつか他の誰かも思いつくことだと思っています。それに、Live2Dの新しいアイデアや技術はとても荒削りなので、動きがガタついたり、バグが起こったり、欠点も多くあります。
そういった欠点込みで情報を発信していると、視聴者の方から、「もっとこうした方が上手くいくんじゃない?」と自分の知り得ないフィードバックがいただけて。結果、アイデアや技術が洗練されていって、視聴者の方も私も助かるという良い循環が生まれています。
全てが善意で発信をしているというよりも、「発信していれば、巡り巡って私にも恩恵が返ってくる」という気持ちが大きいです。
あとは、Live2Dの世界もまだまだ広がる可能性があるので、自分のためにもこの業界を広げていきたいので発信を続けられているという側面もあると思っています。
ひものさんにとってLive2Dだからこその魅力とは何だと思いますか?
一つは、イラストの魅力がそのまま伝わりやすいというところです。
そして、もう一つはウェブカメラやスマートフォンがあれば始められる手軽さに大きな魅力を感じます。3Dの技術はLive2Dのアプローチとは全く異なるので、様々な機材や広い撮影場所が必要になることが多いですが、Live2Dなら簡単に始めることができます。3Dに比べたら対象の可動域は狭いのですが、その中でどう魅力的にイラストを動かすかの研究がされているので、自宅でも、手軽な機材でも、可愛く見せることができるんです。
最近は、Live2Dの魅力だけでなく、地元福井県の魅力を発信する活動もされていらっしゃいますね。
はい、そうなんです。私はもともと凝り性で、普通の人が3日で仕上げる仕事を1週間もこだわってやってしまう性格なんです。そのことが影響して、数えきれないほど制作の依頼をいただいても、時間がとてもかかってしまってなかなか収入が増えず、仕事はたくさんあるのに、稼ぐことができないという負のスパイラルに陥っていました。そんな時に、福井県が新事業を行う企業者を応援する補助金の存在を知り、採択していただいたのがきっかけになって、思ってもみなかった地元のお仕事につながったんです。
福井の魅力を発信する外ロケの動画を制作したり、地元の専門学校で特別講義も行ったり。ずっと住んでいる大好きな地元のお仕事を、いつの間にかできるようになっていたことは本当に嬉しいですね。
なんとも素敵なエピソードですね!
ありがたいことに、今は本当に楽しい毎日を送らせていただいています。また、Live2Dの技術は世界的にも注目されていて、海外の方にもわかりやすい動画になるように工夫してやっています。このように活動の幅を広げられるのは、動画を見てくださっている視聴者の皆さんはじめ、関係者の方々のおかげです。感謝ですね。
次々に新たなことへ取り組み、活躍の場を広げるひものさんですが、チャレンジし続ける原動力は何ですか?
私は昔から飽き性で、同じことを繰り返すのが苦手でした。だから、常に興味が移り変わって、面白いことを探し続けているのだと思います。とはいえ、今は漠然と新しいことにチャレンジしているのではなく、その先にやりたいことがあるから取り組んでいます。例えば、私は歌うことも好きなので、Live2Dで歌いながら手の動きもつけたくなってハンドトラッキングのモデル制作を始めました。挑戦の先には「自分のやりたい未来」が常にあるんです。
あとは、「いかに面白いことをして、みんなをアッ!と驚かそうか」と常に考えています。新しいチャレンジが成功したら、「こんなすごいのできたよ!みんな見て見て見て〜!」という具合です(笑)。それに対して皆さんからどんな反応が返ってくるか、本当にいつも楽しみです。
今後、ひものさんがチャレンジしたいことについて教えてください。
1つ目は、今の姿でやりたいことがたくさんあるので、一つずつ実現していきたいです。「踊ってみた」動画にも挑戦したいと思っているので、「手」の次は「足」などのパーツ制作にもチャレンジして、Live2Dではできなかったことを実現したいです。
2つ目は、自分の技術をより多くの皆さんに使っていただくためのサービスづくりです。現在も多くの制作依頼をいただいていて、スケジュールも1年先まで埋まっている状態なんです。「ひものさんにどうしても制作をお願いしたいんです!」と言ってくださる方の依頼を泣く泣くお断りすることもあって…。とても悔しいし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。なので、私の技術を皆さんに広く使っていただけるような仕組みができれば、より多くの方に使ってもらえるようになるのではないかと考えて、今その仕組みを構想しているところなんです。
ありがとうございます!最後に、これから新しいことに挑戦をしていく人たちに向けてアドバイスをお願いします。
何か息詰まったら別の場所で自分の好きなことを発信してみることをオススメします。私の高校時代は、勉強も上手くいかず、卒業もできず、どん底でした。でも、今はとても幸せに過ごしています。それは、ずっと自分の好きなことを発信し続けていたから、きっかけができたのです。今の時代も私と同じく、何かにつまずいたり、学校やコミュニティに馴染めず苦しんでいる方がいると思います。でも、一人ひとり、好きなことや得意なことが必ずあると思います。
仕事につながらなくても、結果を生まなくてもいいという気持ちで、何かしらの形で是非発信してみてください。私がそうだったように、全く予想もつかない未来につながっているかもしれません。無理に今いるコミュニティで何かをしようと思わなくても、オンラインでも、地域の別のサークルでも、自分の好きなことを発信してみるのでいいと思うんです。そうすると、自分のストレス発散にもつながるし、見ていた誰かが何か反応を返してくれるかもしれないし、それがヒントになるかもしれません。上手くいかない時、一度その場を離れて周りを見渡してみると別の道が見つかると思います。