■「桃源郷」と呼ばれる徳島県・にし阿波エリア
ゆったりと流れる吉野川が豊富な水資源をもたらす徳島県。水と緑豊かな徳島は、自然に恵まれた県としてその地形の多様さでも知られています。とりわけ、徳島市内から車で2時間強の西部のエリア(にし阿波)は剣山をはじめとする険しい山々に囲まれ、今なお大昔の集落が現存する秘境の中の秘境。まるで時が止まったかのような美しい景観は、天空の「桃源郷」と呼ばれる理由です。
■市街を一望しながら箸蔵寺へ
徳島市内を出発して1時間ほど。吉野川沿いを西に走ると、徐々に車窓は山がちになってゆきます。途中、ローカルなスーパーで売っていた地元民オススメのあんドーナツが美味しくて、つい食べ過ぎてしまいました。
しばらくして、小さなロープウェイ乗り場の駐車場に停車。ここは、四国八十八か所の遍路道、別格十五番札所となる箸蔵寺へのルート上にあり、徒歩での登山もできますが、ここから寺までのロープウェイを利用すれば子ども連れでも楽しめます。ロープウェイからは三好市の街並みが一望でき、子どもたちも大喜びでした。
箸蔵寺は周囲の山並みと見事に調和した風格のある山寺で、四季折々の自然が美しくお地蔵様が肩を寄せ合っている様子にホッコリします。
■四国名物さぬきうどんを
ちなみに、ロープウェイ乗り場の向かいにはさぬきうどんの名店「さぬきや」があります。ランチにはコシのある本場四国のうどんをぜひ。熱々の釜揚げうどんに生卵と生醤油をかけてシンプルに食べる「かま玉うどん」がオススメです。
■妖怪に遭遇!?
箸蔵寺から今度は南にルートを変えると、いよいよ車窓は山深く、秘境「祖谷渓(いやけい)」の入口へと辿り着きます。祖谷渓は、切り立った山々の間に深く切り込む渓谷で、「大歩危・小歩危(おおぼけこぼけ)」の名称でも親しまれています。
くねくね曲がる山道を走っていると、突然ユニークな看板が目につきました。…妖怪屋敷!?
実はこのエリア、数々の妖怪伝説が残る妖怪郷なのだとか。「ゲゲゲの鬼太郎」でお馴染みの、こなきじじいの故郷だとも言われているそうです。
妖怪屋敷の館内には数々の妖怪伝説をモチーフにした人形や展示が並び、この静かな山里を歩いていたら、風変わりな妖怪に遭遇してもおかしくない…そんな非日常の気分にさせてくれました。
■築200年の茅葺古民家に泊まる
「祖谷(いや)」には、今なお昔のままの姿を留めた集落が、山間に隠れるようにして佇んでいます。永らくの間、下界と隔絶された秘境だったからこそ残った姿は美しく、「桃源郷」と呼ばれるにふさわしいですね。
木々が生い茂る細道を注意しながら車で降りて行くと、ようやく茅葺屋根の一軒家が見えてきました。本日宿泊するのは、築200年を越えるこの古民家。アメリカの東洋文化研究者アレックス・カー氏により購入再生された正真正銘の茅葺家屋です。
現在は、外観や建材はそのままに、空調や水回りなどの設備は近代的に修繕されて、宿泊施設「ちいおり」として生まれ変わっています。
囲炉裏や台所、神棚などは当時のままの形を残しています。食事は基本的に自炊か、集落の方々が作ってくれる郷土料理のデリバリーを頼むことができます。
今回、夕食はデリバリーをお願いしました。徳島名物のそば米汁や地元の食材をふんだんに使った手料理が、心と身体に沁み渡りました。
外界に人工的なものは何一つなく、感じるのは自然の気配だけ。ここではスマホやPCを見る気にもなりません。囲炉裏を囲んで語らう時間はゆっくりと過ぎていきます。暗くなれば満点の星が輝き、茅葺の屋根裏を見上げて眠る夜は特別感に満ちていました。
■祖谷のくらし
爽やかな日差しで目覚めた翌朝は、宿の周りを散歩してみました。ススキ畑をかき分けて急な斜面を下ると、ポツンと一軒の古民家が。縁側には、80年以上もこの秘境で暮らしてきたというおばあちゃんが一人で暮らしていました。
縁側に干してある大豆や蕎麦の実は貴重な収入源なのだとか。
「不便じゃと思ったことは一度もないんよ、この景色があれば十分やけん。」そう言っておばあちゃんが指さした先には、きっと数百年前から変わらないだろう、深山幽谷の絶景がありました。
■古式蕎麦打ちを体験
さて、「ちいおり」をあとにして再びドライブへ。清々しい木漏れ日を浴びながらのドライブはとても気持ちが良いものです。
祖谷は古くから蕎麦の産地としても有名ですが、「ちいおり」から車で20分の渓谷のほとりに、古式蕎麦打ちを体験できる「つづき商店」があります。ランチはここで蕎麦を作ることにしました。
商店の方の指導のもと、石臼で蕎麦をひき、それを水と混ぜて根気よく練っていく…。随分と力とコツがいるものだと驚きましたが、子どもたちも小さな手でよく頑張っていました。
好みの太さに麺を切り、たっぷりのお湯で茹でるとようやく祖谷蕎麦のできあがりです。ついついコンビニやファーストフード店で済ませがちな現代ですが、時には手間暇かけて食べ物をこしらえるのも良いですね。素朴ながらもしっかりした蕎麦の風味が口いっぱいに広がり、自分で作った蕎麦の味は格別でした。
■かかしが暮らす集落
車は東へ走り続け、いつの間にか「奥祖谷」という地域に入ってきていました。
ある程度土産物屋や観光商店がある東祖谷に対して、奥祖谷はほんとんど人の気配がなく、本物の秘境感が漂う場所です。車がいつの間にか、とある集落を通り過ぎようとしたところ、ふと違和感を感じました。村人の影が見えた気がしたのに、不思議なほどに生気を感じないのです…ついに妖怪の出現か!?そう思った途端、謎が解けました。
なんと、村人の正体は、かかしだったのです。わずか40人の住人に対してかかしは100体以上!集落に住む一人の女性が10年以上をかけて作ったというかかしたち。
どれもが村人さながらの衣装を着てあちこちに佇んでいるので少しギョッとします。集落に漂う一種のもの哀しさを感じさせながらも、どこかコミカルに思える、かかしたちの姿でした。
■奥祖谷二重かずら橋
祖谷といえば、大昔から人々の生活に使われてきた「かずら橋」が有名です。葛という植物で編み上げられた古い橋が急流にかかる様子は圧巻です。車を停めて、せせらぎの音を頼りに遊歩道を下ってゆくと、鬱蒼とした木々の間に、まるで何かの生き物のように絡み合う葛の橋が見えてきました。
一般的には西祖谷の橋が知られていますが、実は奥祖谷に残る橋の方が当時の環境を留めていて雰囲気満点。歩くと足に葛の軋みが伝わって、少し怖さを感じます。
川辺まで降りてゆくと、手前と奥に二本のかずら橋が見えることから「二重かずら橋」と呼ばれています。時を忘れたようにひっそりとかかるかずら橋を見ていると、まるでタイムスリップしたような気分になりました。
■旅のおわりに
奥祖谷をあとにして、賑やかな市街地まで帰ってきました。天空の桃源郷は果たして現実だったのか?そんな風に思えるほど、非日常の旅を満喫することができました。