思春期の貧血
思春期は、心も体も大きく成長する時期です。全身に栄養や酸素を供給するために、血液もこれまで以上に増やさなくてはなりません。血液を増やすためには、その原料であるタンパク質や鉄分も、それまでよりも多く摂取しなければなりません。ところが、女の子は月経も始まりますから、出血によって鉄分を失ってしまいます。家計に例えると、物価が上がって生活費は高くなるうえ、増税で出費もかさんでしまうというダブルパンチです。
しかも、思春期には心にも大きな変化がみられます。自分の体形が気になって、ダイエットをしようとするお子さんも少なからずいらっしゃいます。不適切なダイエットで鉄分が不足してしまうと、更に貧血になりやすくなってしまいます。
また、思春期の鉄欠乏性貧血あるいは鉄欠乏にある貧血の予備軍では、動悸や息切れだけでなく、慢性的な疲労や集中力・学力の低下を招くことがあります。中学校に進学してから成績が伸び悩んで・・・という場合、鉄欠乏の影響も考えなければなりません。鉄欠乏が貧血原因であれば、鉄剤の治療によって学力も向上しますから、早めに見つけてあげることが大切です。
診断基準
思春期では、血液検査でヘモグロビンがどのぐらいであれば貧血かという、明確な基準はありませんので、ここでは世界保健機関(WHO)による貧血の診断基準を参考にしました。思春期にある男児のヘモグロビン値は12g/dL以上、15才からは成人と同じ13g/dL以上であれば貧血ではないとされます。女児は成人と同じ12g/dL以上が基準です(詳しくは表を参考にしてください)。
こうした基準値から著しくヘモグロビン濃度が低下している場合を貧血と表現しますが、軽度の低下であっても、その原因次第では何らかの治療や経過観察が必要なこともあります。なお、今回は小児の貧血についての解説ですので、ここではご高齢の方の基準値を省略しました(バックナンバー参照)。女性に限定すると、思春期の女性のおよそ10%が治療を必要とする貧血、注意が必要な予備軍は20~30%にものぼると考えられています。思春期の貧血は、意外と多いのです。
スポーツ貧血
原因に関わらず、スポーツによって引き起こされる貧血をまとめて「スポーツ貧血」と称されることがあります。この中には鉄分の不足による鉄欠乏性貧血も含まれていますが、狭義のスポーツ貧血とは、衝撃あるいは激しい筋肉の収縮運動によって、赤血球が破壊される貧血を指します(赤血球が壊れるタイプの貧血は、溶血性貧血と表現されます)。スポーツ選手では鉄所要量も異なりますが、鉄欠乏性貧血については前述しましたので、ここでは狭義のスポーツ貧血に眼を向けてみたいと思います。
広義のスポーツ貧血 1、狭義のスポーツ貧血 = 行軍貧血(赤血球の破壊による貧血) 2、鉄欠乏性貧血 3、その他
動脈や静脈の壁はそれなりに厚みを持っていますが、酸素の受け渡しの場である毛細血管の壁はうすくなっています。運動によって何度も繰り返して強い衝撃が加えられる足の裏では、その中を流れる赤血球が壊されてしまうのです。足の裏へ何度も強力な衝撃が加えられるスポーツといえば、長距離走や剣道、バスケットボールやバレーボールなどです。こうした部活動を中心に、様々な運動によって引き起こされることがあります。なお、運動によって生じるこの溶血性貧血は、延々と行進する軍隊で貧血を招いたことから「行軍貧血」と呼ばれていました。
思春期にある中高生は、部活動での運動も活発になるため、鉄分不足でもないのに貧血ということがあれば、スポーツ貧血も考慮しなければなりません。この場合、鉄分を補っても貧血は改善せず、運動を休止することで改善につながることがあります。
医者としては健康を優先すべきですから、スポーツ貧血の治療にはドクター・ストップをかけざるを得ません。運動(部活動)を休みたくないという気持ちも理解できますが、成長過程にある思春期、焦ることはないのです。じっくりと貧血を改善することで、結果としてスポーツの記録向上にもつながります。